農作物の安全と品質を守るためにも農薬は欠かせません。しかし農薬には大きな問題が2つ存在します。食品や大気中へ留まり健康被害を引き起こす”残留農薬”、そして農薬が害虫や細菌に効かなくなる”抵抗性”です。これらの問題は農業だけでなく日常生活レベルでも起こり得ます。
健康被害から身を守るためにも、農薬の正しい知識を身につけましょう。
残留農薬とは
残留農薬とは「食品中・大気中に留まっている化学物質」全般を指します。日本で登録されている農薬成分は約520種にのぼり、不認可の物質を含めるとその倍にもなると言います。農薬という言葉に惑わされがちですが、農作物以外の食品も残留農薬リスクを負っています。
たとえば畜産業では、寄生虫や細菌感染を対策するためにも殺虫剤・抗生物質の使用は避けられません。結果的に家畜の体内に化学物質が蓄積し、食肉や牛乳内から残留農薬が検出されるわけです。また食品に限らず、家庭で用いる殺虫剤も農薬の一種と捉えることができます。
厳密には農薬と分類されていないのですが、成分的には農薬と呼んでも差し支えありません。あるいは駐車場や庭園には除草剤を撒きますし、キッチンやトイレでは洗剤(殺菌剤・抗菌剤)を用います。私たちはこうした”農薬”を日常的に使用しており、誰もが残留農薬を引き起こす原因となり得るわけです。
実際、家庭内の残留農薬が騒がれた事例もあります。庭先へ撒いた除草剤が洗濯物へ付着してしまい、それを着た人が湿疹を起こすといった、食品によらない残留農薬の問題も起きているのです。
日本における残留農薬の基準値
日本では食品衛生法によって農作物の安全基準を定めています。農薬ごとの使用法や適量を決めておき、収穫時にも残留農薬の量を調べてその安全性を保つのです。また日本GAP(農薬使用の監視団体)も760品種の農薬に基準値を設定しており、かつ定期的に残留基準の見直しを行っています。
令和2年においては農薬699品目を対象に再評価を下し、491品目が残留基準の改定を受けました。残留農薬の基準値は長期的・短期的と2つの視点から定められます。共に残留農薬を含む食物を摂った場合を想定し、長期的基準では「毎日、生涯にわたり摂取しても健康被害を生じない量」を、短期的基準では「24時間以内に大量摂取しても健康被害を生じない量」が定められます。
ちなみに食品だけでなく大気中や飲料水からも農薬摂取する可能性を考慮して、農薬の摂取許容量は余裕をもって定められています。結果的にですが、危険値を上回る食品を食べたとしても健康被害を受けづらくなる利点もありますね。
なぜ農薬が必要なのか
農作物は一か所で大量生産されるため、病気が伝播しやすく全滅の危険性があります。また食物を求めて昆虫・動物が集まってくるため、対策を施さなければ食い荒らされてしまうでしょう。このような危険から農作物を守るだけでなく、生産量を向上させる狙いもあります。
農家1戸あたりの田畑はテニスコート40面に匹敵しますから、害虫駆除や草むしりをすべて手作業で行うのは現実的ではありません。もし無農薬で農作物を育てるとなれば、管理できる量に制限がかかってしまいます。そうなれば農作物の流通量が減少し、市場価格が跳ね上がるのは避けられません。
農業を効率化して大量生産する意味でも、農薬は必需品となるわけです。先に述べた通り、農薬は家庭内で用いられる場合もあります。たとえば庭先の毛虫を除去しようと思えばホームセンターで農薬を購入できますし、園芸を嗜むのであれば植物成長促進剤を利用するでしょう。
これら化学物質の特性を活かした商品供給も、広義では農薬の役割と言えるでしょう。
抵抗性とは
農薬は非常に便利なのですが、過度な使用は”抵抗性”という問題を引き起こします。抵抗性を簡単に説明すると、「同じ農薬を使い続けると病原菌の薬剤耐性、害虫や雑草の薬剤抵抗力を発達させてしまう」という現象です。
これはある個体が農薬耐性を獲得するという話ではなく、農薬に耐えた個体のみ生き残っていく、つまり世代を超えた話になってきます。たとえば害虫駆除のために農薬を散布し続けると、その農薬に抵抗力をもつ個体のみが生き残ります。
そして生き残り同士が交配すると、その子供も農薬に抵抗力をもつわけです。最終的には農薬へ抵抗力をもつ個体のみが集団を形成し、農薬はその効果を失うことになります。
抵抗性の何が問題か
抵抗性は農薬使用から数年後に発覚することが多く、まったく発生しない場合もあるために認知が難しい問題ではあります。しかし害虫が抵抗性を得ていくと最終的に農薬が意味を成さなくなり、農作物にも被害が及んでしまいます。
実際、日本でもイネウンカやネギアザミウマといった害虫が抵抗性を増しており、農作物への脅威を高めています。新たな害虫に対して新たな農薬を開発すれば良いなどと、そう単純な話ではありません。食の安全を確保するためには膨大な数の実験を要するため、農薬開発コストは百億円規模にも達します。
そう易々とは農薬開発できませんから、既存の農薬が使えなくなる事態を避けるのが賢明でしょう。
残留農薬と抵抗性を共に避けるには
抵抗性に対する一番簡単な対策は高濃度の農薬散布なのですが、残留農薬の基準値が壁となります。また農薬Aのみ散布し続けても、農薬Aに抵抗性を得た個体がいつまでも生き残って繁殖を繰り返すでしょう。それに対して農薬Aをさらに散布しても、抵抗性を持たない固体が死滅するだけです。
最終的には農薬Aが全く効かない害虫集団が完成し、その場所では二度と農薬Aを利用できなくなるでしょう。現実的な策としては様々な農薬を用意する方法が挙げられます。農薬Aに抵抗性を獲得した害虫であっても、農薬Bを撒けば駆除することができます。
AとBをローテーションで農薬をまき続ければ、濃度を上げずに害虫駆除を果たせるわけです。あるいは農薬を使用しない手作業での害虫駆除を併用しても良いでしょう。特定の場所だけ農薬を散布しないでおき、抵抗性を持たない固体を生存させておく戦略も考えられます。
肝心なのは特定の農薬に頼らないことです。
農薬問題はバランスが重要
農薬を散布する場合、その濃度は高すぎても低すぎてもいけません。高すぎると残留農薬による健康被害を生じる恐れが出てきますし、低すぎても農薬の役割を果たせなくなります。特に害虫に対する農薬使用を誤ると、抵抗性を備えさせて農薬の効果が失われてしまいます。
複数種の農薬をローテーションで散布し、適正濃度で効果を発揮させる工夫が必要です。