有機リン化合物と残留農薬の問題

新鮮で安心な、おいしい野菜を食べたい。家庭菜園の一番いい点は、そんなところにあるのではないでしょうか。でも、葉物野菜にときどき隠れている「緑色の物体」には、ちょっと驚きますよね。安心できる野菜の証拠ですが、苦手という人も多いはず。

そんなとき、有機リン化合物の殺虫剤ならば、ホームセンターで購入できるから、家庭菜園にぴったり。でも、残留農薬が心配です。

リンとは?

リンとは、原子番号15番の元素で、元素記号Pで表されています。リンは、私たちの体にとって重要なものです。例えば、ヒトが足を動かしたり、手を動かしたりするときに必要なエネルギーにATPがあります。ATP(Adenosine Tri-Phosphate、アデノシン3リン酸)とは、Pの部分が、いわゆるリンの部分で、3つリン酸から構成された高エネルギー性の化合物のことです。

このATPは、人間や動物だけでなく、昆虫や植物にも存在しますが、合成方法が異なります。リンは、生命を維持するために必要なATPだけではありません。一般に、リンは、成人の体内に約800g含まれていると言われています。

そのうちの80%がリン酸カルシウムやリン酸マグネシウムとして骨組織(骨や歯)に、20%がATPと、リン脂質として存在する軟組織(筋肉や細胞膜)に存在します。さらに、1%以下の比率で血液中からも検出されます。

このようにしてリンは、体内のさまざまな部分で重要な成分として存在し、心臓や腎臓の機能維持、神経伝達、代謝反応など多くのことに関与しています。

「有機リン」と「無機リン」

リンには2種類あり、1つを「有機リン」、もう一つを「無機リン」と呼んでいます。「有機リン」は、肉や魚、卵など広く動植物に含まれているもので、「無機リン」は食品添加物として使われています。自然食品に多く含まれる「有機リン」ですが、それに対し「無機リン」は、食品加工で使用される食品添加物のことです。

これには、ハムやベーコンが含まれます。このようにして、私たちの食生活を考えた場合、「有機リン」にしても、「無機リン」にしても、日々の食事に欠かせない成分の一つであると言えるでしょう。

農薬で知られる「有機リン」は「有機リン化合物」

「有機リン」と聞いて真っ先に考えるのは、自然食品に含まれる「有機リン」よりも、農薬で知られる「有機リン」の方かもしれません。この場合の「有機リン」は、一般的には「有機リン化合物」または、「有機リン系」と呼ばれているものです。

これは、主に殺虫剤として使用されていますが、化学兵器としてのサリンもその一種に挙げられます。リンが神経伝達に関与するように、有機リン化合物も脳の神経機能に働き、その効果を発揮し、神経機能の錯乱を引き起こすものです。

このことから、サリン事件を思い出す人も少なくないでしょう。

有機リン化合物と私たちの体

恐ろしい効果を発揮する有機リン化合物ですが、具体的に、どのようにして私たちの体に働きかけてくるのでしょうか。通常、アセチルコリンは、運動神経や副交感神経から放出される神経伝達物質のことですが、これをコリンエステラーゼという酵素が分解します。

有機リン化合物がこのコリンエステラーゼの働きを阻害し、アセチルコリンの分解を妨げると、アセチルコリンの濃度が体内で上昇していきます。アセチルコリンが体内で増えると、私たちの体はどうなるのでしょうか。アセチルコリンが増加した状態は、つまり、体内における私たちの臓器がいつも刺激を受けている状態と同じです。

もっとこれを具体的に見てみましょう。2019年にBSテレ東で放映された「神酒クリニックで乾杯を」という医療ドラマをご存じでしょうか?この中で、「有機リン中毒」を題材にしたものが放映されましたが、このときの登場人物は、瞳孔が収縮し、唾液は垂れ流しのままで倒れていました。

いわゆる、「アセチルコリンの過剰刺激様症状」を起したからです。有機リン化合物の過剰摂取は、このようにして私たちの体に表れてくるのです。

農薬としての有機リン化合物

有機リン化合物とは、炭素とリンの結合を含む化合物のことで、その歴史は、19世紀のドイツにさかのぼります。その後、20世紀に入り、スイスでその殺虫力が発見され、第二次世界大戦では軍用に用いられました。有機リン化合物の効果は、人間のような哺乳類と同じ構造や機能を持つ昆虫にも十分に発揮され、その作用は、昆虫に対し哺乳類の数千倍も強いと言われています。

例として、フェニトロチオンを挙げてみましょう。この有機リン化合物の特徴は、昆虫に対する効果が強い反面、人間においてその毒性が軽減される点です。そうした理由から、これは、家庭菜園でもよく利用される殺虫剤の1つになっています。

有機リン化合物と残留農薬

殺虫剤として利用される有機リン化合物ですが、これには極めて多くの種類が存在し、市販されている殺虫剤のほとんども、有機リン化合物です。この殺虫剤は、アジア地域をはじめ世界中で農薬として使われていて、国によっては、その使用方法が徹底されておらず、農薬が残留基準を超えて検出されるケースも発生しています。

残留農薬の問題は、国内だけでなく、輸入農産物においても、その安全性をめぐり、さまざまな問題が起こっています。

日本の農産物と有機リン化合物の残留農薬問題における具体例

有機リン化合物は、日本では、種類によってはホームセンターなどでも購入が可能です。毒物や劇物指定になっていないためですが、この農薬が、私たちの生活において、これほどまでに身近な存在になっているからだと言えるのではないでしょう。

例えば、2008年に日本の中学校で集団有機リン中毒が発生した事例がありました。これは、アリの駆除のために有機リン系殺虫剤を散布したことが原因とみられていて、複数の生徒が頭痛や、嘔吐・吐き気、めまいを訴え、病院に搬送されました。

殺虫剤の散布は、校舎近くで行われ、教室内にガスが流入し、生徒が自覚症状を訴えたということです。

輸入農産物と有機リン化合物の残留農薬問題における具体例

次に、輸入農産物について考えてみましょう。輸入農産物は、加工食品の原料をはじめ、外食産業など広く利用されています。また、スーパーでアジア地域からの野菜を見かけることもよくあるでしょう。このように、輸入農産物は、今や私たちの食卓に欠かせないものの一つになっています。

そこで気になるのは、残留農薬です。具体的には、2008年に報告された中国製の冷凍ギョーザ中毒事件です。これは、有機リン系の農薬の一つメタミドホスが、最大3万ppm以上検出されたという怖いケースです。

農薬としての「有機リン」の存在

リンは、「有機リン」として私たちの体内に存在し、「無機リン」では、食品添加物として体内に取り込まれます。この点で「リン」は、有害であると言い難いものですが、農薬としての「有機リン化合物」は、やはり残留農薬が気になるところです。

人体への影響が比較的に少ないため、農薬として選択されやすい薬剤ですが、国内・輸入農産物ともに残留農薬の情報に敏感でありたいですね。